セラピスト
(最相葉月著)を読んでいる。そこにこんな記述(要約)がある。「1980年、精神医学会に衝撃が走る。アメリカ精神医学会の精神分類体系を記載した『DSM-Ⅲ(第3版)』で診断基準が変更になった。」「疾患を心理的原因や生物的・社会的要因の因果関係で理解していた」ものから「操作的判断基準(病気の原因や経過ではなく症状に注目して診断)」するようになった。「それまでなら、気分が沈んでいても内分泌系の異常でなければ「うつ病」と診断されない」ものから「2週間以上気分が沈み込んでいて、明らかに他の病気とはいえない場合は「うつ病」と診断する」というようになったと。
他にも三十年前からの変化で「『対人恐怖症』がものすごく減ってきてるが、途方もない引きこもりになるかパンと深刻な犯罪になるか・・」という記述もある。さらに、1990年代から境界例のクライアントが減少し、解離性障害が増加、それから今世紀に入り、これも少なくなり(流行しなくなり)今は「発達障害」が増加・・。
素人で考えるに、精神の病で、脳とかホルモンとか遺伝子的なこと、つまり生物学的に原因が明らかな場合を除いて、社会の変化に対応できない人がその社会に応じてあぶりだされるということなのだろう。近代以前に、あまり人とコミュニケーションをとる必要のなかった仕事では因子はあっても発症しないのだろうと予想できる。
それで考えるにゲーム依存とかスマホ依存とかネット廃人などは「もし、インターネットがなかったらこの人たちはどうなっていたのだろうか?」ということである。もしかすると、無事に社会生活をおくれたのかもしれないし、別なよくない何か(アルコールやギャンブル等)に依存したかもしれない。後者であれば、「依存体質」そのものの治療ということなのだろう。確かめることはできないが。
今日は休養。昨日は15㎞をキロ5分42秒。
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