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2015年11月23日 (月)

『赤ヘル 1975』

(重松清著)

あと、あと少しで読み終えるのだが、もう思ったことを書いてしまおう。

カープの初優勝のシーズンと原爆その他の戦争被害。

これがストーリーの柱というか背景にあり、そこに東京から訳ありで転校してきた少年が絡んでくる・・というか、この「よそ者」としての視点を持ちつつ、特に原爆について、どう向き合えばいいのか悩み考える。

 これは少年が強制されたわけでもなく、周りの友人たちや近所に人とかかわる中で向き合う必要があると感じたのである。

 「正解」はないのだが、大人なら「そんなもんよ」と済ますことを「よそ者の少年」と「わけあり少女」という設定で「何でだろう?」と真摯に問うていく手法。ソクラテスの「無知の知」のような。(例えば、空襲で亡くなった人と原爆で亡くなった人は何が違うのか、とか死者が少なくても原爆で死んだら大きな事件なのか?とか広島と長崎は同じ(くらいの出来事)なのか、とか問う場面がある)

 この前、フィンランド行った時の日本の一地方都市「ヒロシマ」が知られていることにちょっとした「違和感」を感じた事を思い出した。

 カープ初優勝についてはまた後日。

 本日30kmをキロ5分21秒。10kmが5分28秒、20kmが5分26秒だった。

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